ひとりごと http://www.yokikotokiku.com/cgi/diary2/ ひとりごと むらさき http://www.yokikotokiku.com/cgi/diary2/?date=20120519#p01 2012-05-19T02:24:46+09:00 むらさき 自分が振り返ってみて、「つまらない授業」「聞く価値のない授業」と思ってた授業の代表は、「教科書を読むだけの授業」「教科書の内容を説明するだけの授業」ですかね。

「教科書を読むだけの授業」をつまらない・退屈と思っていた人は多いはず。では、なぜ誰もが認める「教科書を読むだけ・説明するだけの授業」が存在し続けているのか?

これってたぶん「授業はそういうものだと思い込まされている」というのが最も大きな理由な気がする。そもそも、日本で、「教師が教科書を読む・説明する」スタイルの授業形式が一般的になったのは明治以降。江戸時代の庶民の教育機関だった寺子屋は、「お手本を渡されて各自が黙々と書き写す」形式(今の習字教室と近い形式)で、教師が「読む・説明する」比重は、今とは比べものにならないほど小さかった。それが明治になって、欧米の授業方法を取り入れた結果、「教師が教科書を読む」形式の授業が主流になったわけですね。

で、問題提起としては、「もしかしたら、ヨーロッパ生まれの授業形式は、日本人には合っていなかったのではないか? その結果、つまらないと感じさせる授業が氾濫することになってしまったのではないか?」です(つづく)。

ちなみに「教科書を読むだけ」の数少ないメリットは、「どんな教師でも授業ができる」ということですかね(これはメリットというべきではないかもしんないけど)。

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http://www.yokikotokiku.com/cgi/diary2/?date=20120514#c02 2012-05-16T20:56:13+09:00 2012-05-14のツッコミ[2] (むらさき) むらさき 社会の理解は得られにくいかもです。だから、この学校を文科省が認可したってのが信じられないんです。文科省は嫌いですが、これに関しては良い仕事だと思います。
「子どもが伸び伸びしてて良い」という人が多い反面、同時に「これで社会で必要な忍耐力とかが身につくのか?社会でやっていけるのか」という不安を抱く人も多いみたいです。
僕は、大丈夫だと思ってるんですけど。あまりに理不尽なこととかは我慢できないと思いますが、そもそも理不尽すぎることを我慢する必要があるのか、とよく思いますし。]]>
http://www.yokikotokiku.com/cgi/diary2/?date=20120514#c01 2012-05-16T12:17:23+09:00 2012-05-14のツッコミ[1] (通りすがり) 通りすがり http://www.yokikotokiku.com/cgi/diary2/?date=20120514#p01 2012-05-14T22:53:57+09:00 むらさき 少し話の順序を変えてみましょうか。

今の日本の学校教育の形はあくまでも1つの形にすぎないのに、そういう意識を持っている人が少ないような気がする。歴史的に見たり、他国と比べてみると、そのことがよくわかるんだけど(歴史好きで、海外の教育が研究テーマの僕だからですかね?)。今の枠組みだけでなく、もうちょっと広い枠組みで考えて見ると、いろんな教育方法が可能になると思うのに、なんかもったいないなぁと。

で、「自分の受けてきた教育が唯一の教育のカタチ」と思っている学生の考えを広げる時に効果的なのは、「きのくに子どもの村学園」のような自由学校の映像を見せること。これは効きます。

昔でもなく、他国でもなく、「今」の「日本」で「正式な学校」と認可されている学校で、こんな取り組みが行われていることに驚くみたい。「今の日本でもこんなことがアリなんだ」と。

「きのくに子どもの村学園」のことは、定期的にテレビでも取り上げられるし、それを観るのが一番話が早いでしょう(yotubeにもテレビ放送の模様がアップされてます)。この学校の特徴は、「子どもの自主性・興味関心を尊重し、子どもが嫌がることはやらせない」こと。そうなると、体験学習中心になりますね。イメージでいうと、保育園・幼稚園で重視されてる、子ども中心・遊び中心・体験中心のやり方を、小学校以降にも適用している感じでしょうか。

この学校を見てると、「これでいいじゃん」と思えてくるんですが、いかがでしょうか?

…ちなみに、僕は、自分の子どもをこの学校に行かせようかと本気で考え中です。教育理念に共感してるのもあるけど、共働きの立場からすると「小学校から寮生活」というのが美味しすぎる、という思いもあり^^; 「厄介なPTA」もないだろうし(笑。 …高い学費は頭が痛いですが。

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http://www.yokikotokiku.com/cgi/diary2/?date=20120511#c07 2012-05-12T22:37:20+09:00 2012-05-11のツッコミ[7] (むらさき) むらさき そういう点に関してじれったいので、「教師のモチベーション」が気になるんです。ただ、教師に限らず、既存の方式を「仕方ない」と受け入れてしまうのは日本人の傾向ですよね。ただ、どうやら、僕は、「自分が納得いかない・存在意味が理解できない」既存のものを「粛々と受け入れる」ということができない性格のようで。だからなおさらじれったさを感じてしまうんでしょうね。
特に、新しい時代を築いていく子どもたちと関わる仕事だからこそ、教師には現状を「仕方ない」と受け入れるのではなく、既存の枠を越えていけるようなモチベーションが必要だと思ってます。つまり、「教師の実力」の中には「モチベーション」も含まれる、という認識です。]]>
http://www.yokikotokiku.com/cgi/diary2/?date=20120511#c06 2012-05-12T17:26:35+09:00 2012-05-11のツッコミ[6] (通りすがり) 通りすがり でも結局のところ授業は一種のセールスのようなものだから、教師のモチベーションうんぬんを問うよりもその実力(授業力?)のほうを磨いてあげたほうがてっとり早い気もしますけどね。長文失礼いたしました。]]> http://www.yokikotokiku.com/cgi/diary2/?date=20120511#c05 2012-05-12T03:13:16+09:00 2012-05-11のツッコミ[5] (むらさき) むらさき ずっとくすぶってる思いは、「大人があれこれ考えるよりも、もっと子どもを信頼して、子どもの好きなようにさせた方が良いんじゃないだろうか」ということなんですよ。だから、「授業の受け手」の観点から、「楽しい」「つまらない」という言葉を使ってるんでしょうね、僕は。
「つまらない授業?楽しい授業?」という問題設定よりも、「実りのある授業とは?」という問題設定をした上で、「子どもがつまらないと感じる授業は、実りのない授業なのでは?」と問題提起していく方が整理しやすいですかね。]]>
http://www.yokikotokiku.com/cgi/diary2/?date=20120511#c04 2012-05-12T03:13:05+09:00 2012-05-11のツッコミ[4] (むらさき) むらさき http://www.yokikotokiku.com/cgi/diary2/?date=20120511#c03 2012-05-12T03:12:48+09:00 2012-05-11のツッコミ[3] (むらさき) むらさき http://www.yokikotokiku.com/cgi/diary2/?date=20120511#c02 2012-05-12T02:10:22+09:00 2012-05-11のツッコミ[2] (アスパラ) アスパラ むらさきさんの考える「つまらない授業」って何ですか?また「楽しい授業」って、「楽しさ」って何ですか?
「学校の授業がつまらなくてもしかたがない」というのは授業の受け手としての考えであって、先生たちは「楽しい」というか「分かる」授業、子どもたちにとって実りのある授業がしたいと思っていると思うんですけど…。
むらさきさんだってそうでしょう?]]>
http://www.yokikotokiku.com/cgi/diary2/?date=20120511#c01 2012-05-12T00:40:15+09:00 2012-05-11のツッコミ[1] (通りすがり) 通りすがり http://www.yokikotokiku.com/cgi/diary2/?date=20120511#p01 2012-05-12T00:04:37+09:00 むらさき まずは、なんで「学校の授業がつまらなくてもしかたない」と思う人が多いのか?の理由として考えられる理由を列挙してみましょう。

  1. そもそも、つまらなくない授業が想像できない。
  2. 楽しい授業なんて手間暇のかかることをする授業時間がない。
  3. 楽しい授業をできるような優秀な教師が限られている。
  4. 楽しい授業のような軟弱なものでは、受験に勝ち抜けない。
  5. つまらない授業を我慢強く耐えることによって「忍耐強さ」を身につける必要がある(その忍耐強さは社会に出てから必要)。
  6. つまらない授業を我慢してきたという自らの経験を正当化したい(楽しい授業でも良いんだ、と思ってしまうと、自分の苦しい経験の意味がなくなってしまう)。

…こんなところでしょうか?他に何かあります?

個人的に最もタチが悪いと感じるのは5。なんでかというと、「つまらない授業を押しつけること」を「正しいこと」だと信じている論理だから。悪いことをやってるのに、それを正しいと信じていることほど救いようのないことはない。

…にもかかわらず、教師のなかに5の考え方を持っている人ってけっこう多いんですよね。これが気に入らない。極めて気に入らない。ってことで反論してみます(つづく)

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http://www.yokikotokiku.com/cgi/diary2/?date=20120511#p02 2012-05-12T00:01:16+09:00 むらさき まずは、なんで「学校の授業がつまらなくてもしかたない」と思う人が多いのか?の理由として考えられる理由を列挙してみましょう。

(1) つまらなくない授業なんて想像できない。(2) 楽しい授業なんて手間暇のかかることをする授業時間がない。(3) 楽しい授業をできるような優秀な教師が限られている。(4) 楽しい授業のような軟弱なものでは、受験に勝ち抜けない。(5) つまらない授業を我慢強く耐えることによって「忍耐強さ」を身につける必要がある(その忍耐強さは社会に出てから必要)。(6) つまらない授業を我慢したという自らの経験を正当化したい(楽しい授業でも良いんだ、と思ってしまうと、自分の苦しい経験の意味がなくなってしまう)。

…こんなところでしょうか?他に何かあります?

個人的に最もタチが悪いと感じるのは(5)。なんでかというと、「つまらない授業を押しつけること」を「正しいこと」だと信じている論理だから。悪いことをやってるのに、それを正しいと信じていることほど救いようのないことはない。

…にもかかわらず、教師のなかに(5)の考え方を持っている人ってけっこう多いんですよね。これが気に入らない。極めて気に入らない。ってことで反論してみます(つづく)

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http://www.yokikotokiku.com/cgi/diary2/?date=20120510#c02 2012-05-11T23:47:12+09:00 2012-05-10のツッコミ[2] (むらさき) むらさき http://www.yokikotokiku.com/cgi/diary2/?date=20120510#c01 2012-05-11T17:51:25+09:00 2012-05-10のツッコミ[1] (ちゃんがめの母) ちゃんがめの母 ]]>